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    – 花王ルナフロー 座談会 –

pic素材を知る2025年9月12日

“滑る技術”への挑戦。ケミカルの力で社会課題に応える
– 花王ルナフロー 座談会 –

2024年5月、花王が新たに製品化した離型剤「ルナフロー」。その背景には、植物の仕組みから着想を得た独自の界面科学と、持続性への挑戦がありました。今回の座談会では、花王のケミカル事業部門のお二人と、販売パートナーである三井物産プラスチックの担当者を交え、「ルナフロー」開発の舞台裏を伺いました。

花王のBtoBを支えるケミカル事業

― まず、「ルナフロー」を開発したケミカル事業部門について教えていただけますか?

疋田さん(以降、敬称略):花王というと、洗剤やスキンケアなどのBtoC製品のイメージが強いと思いますが、ケミカル事業部門ではBtoB向けの化学品を取り扱っています。たとえば、界面活性剤や油脂誘導体、スペシャリティケミカルなどで、トイレタリー製品の原料として使われるだけでなく、工業用・産業用としても世界中で幅広く使われています。
この事業の大きな特徴はグローバル展開で、2024年度の海外売上比率は66%と、売上の約3分の2が海外市場になっています。米州、欧州、中国を含むアジアなど、各地域で広く展開しています。

高見さん(以降、敬称略):実は花王のBtoB事業には長い歴史があります。日本のあらゆる産業と取引があるといってもいいくらい、広く深くビジネスを展開しているのが、私たちケミカル事業部門。売上規模としては、 2024年度の花王グループ全体の売上は1兆6284億円で、そのうちケミカル事業部門は4059億円。全体の22.1%を占めている事業部門になります。

ヒントは“ウツボカズラ”──自然から着想を得た離型剤開発のはじまり

― 「ルナフロー」製品化の経緯について教えてください。

高見:製品化は2024年5月ですが、開発自体は2021年にスタートし、約3年かけて形にしました。きっかけは、和歌山研究所の研究員が科学誌『Nature』に掲載されたある論文を読んだことでした。その論文では、食虫植物「ウツボカズラ」の袋の内側にある“滑る構造”が紹介されていたんです。

ウツボカズラは、自身の体から潤滑液を出して、虫を滑らせて捕食します。研究員はその構造にヒントを得て、生物模倣技術(バイオミメティクス)として応用できるのではないかと考え、開発に着手したそうです。

疋田:その技術は「SLIPS(Slippery Liquid-Infused Porous Surfaces)」と呼ばれていますが、初期のSLIPSには「持続性がない」という大きな課題がありました。表面に油を塗れば滑るけれど、それがすぐに落ちてしまっては意味がない。その課題をクリアできれば、非常に価値ある技術になると考えたんですね。

高見:研究員たちは「世の中で“すべった方がいい場面”って意外と多いよね」と気づき始めたそうで。例えば車についた鳥のフン、窓についた雪、高齢者が雪下ろしをしなければならない屋根……。こうした課題に対し、潤滑性のある“滑る表面”が役立つのではと考えたわけです。

ナノ技術で潤滑性をキープ──“マリ状CNF”が叶えた持続する滑り

― 滑りの持続性を実現する技術のポイントは、セルロースナノファイバー(CNF)を“マリ状”に成形したことだそうですね?

高見:はい。CNFは、鉄の5倍の強度を持ちながら、1/5の軽さという特性を持つ、樹木由来の新素材です。その繊維は髪の毛の1万分の1の細さで、ナノレベルで絡み合っています。
今回のルナフローでは、この極細のCNFを「マリ状」に成形し、その内部に潤滑油(シリコンオイル)を内包させました。これによって、オイルを保持しながら少しずつ放出できる構造が実現したんです。

― まさにスポンジからオイルがじわじわ染み出すようなイメージですね。

高見:おっしゃる通りです。これまではシリコンオイルを表面に塗るだけでは、すぐに剥がれて効果が続かなかった。それを、CNFのマリが保持し、必要に応じてじわじわと潤滑成分を供給する。この設計が持続性の鍵になっています。

疋田:本来、CNFは親水性で、水には馴染みやすい反面、プラスチックのような疎水性素材とは相性が悪いんです。そこに花王の強みである“界面の制御技術”が生きました。私たちは洗剤などの界面活性剤を長年扱ってきた知見があるので、水と油のような相反する物質をコントロールする技術には自信があります。その結果、プラスチックとの相性を改善し、用途の幅が一気に広がったということです。

― ルナフローの開発で、特に苦労した点はどんな点でしょうか?

疋田:やはり最大の課題は“マリの形成”ですね。CNFをマリ状に成形するというアイデア自体が非常にユニークで、そもそもそのサイズや形状をコントロールすること自体が難しい。科学的な制御を繰り返しながら、どうすれば安定した構造ができるか、試行錯誤の連続でした。

高見:ハスのように「弾く」タイプの構造ではなく、ウツボカズラのように「滑り落とす」構造を目指したのもポイントです。単に油で覆えば一時的に滑らせることはできますが、毎回塗り直すのでは実用性がありません。その“持続性”の課題を、CNFの保持力でクリアしたということですね。

村瀬(三井物産プラスチック):ナノメートルスケールの素材をここまでコントロールする技術は、本当に難しいんです。花王さんの技術力の高さを感じますし、非常にユニークな製品だと感じました。この製品を拝見したとき、ぜひサポートさせていただきたいと思いました。

疋田:CNFを使った製品は少なくありませんが、ここまで産業用途に本格的に活用している事例は非常に少ないはずです。その部分については、私たちも自負しているんですよ。

環境にも人にもやさしい処方──ルナフローは“水系”で進化する

― マリの形状が最大の特長のルナフローですが、他の特長についてはいかがでしょうか。

高見:持続性に加えて、環境への配慮も重要な点です。具体的には“水系”であること。一般的なコーティング剤や離型剤には、有機溶剤、例えばシンナーのようなものが使われることが多く、作業者の健康にも環境にも負荷があります。しかしルナフローは水をベースとした水系コーティング剤なので、作業者にも優しいんです。

塚田(三井物産プラスチック):今、特に欧州で有機溶剤やPFAS(有機フッ素化合物)に対する規制が厳しくなっていて、その影響が国内にも波及してきています。そのため、日本の企業でもPFAS対応製品を検討する動きが活発になっているのを感じますね。ルナフローは、そういう意味でも最先端の製品であると言えます。

発売1年で200件超えの反響──広がる活用シーンと導入実績

― 発売からまだ1年ですが、かなりの反響があるとうかがっています。

高見:はい、サンプル希望だけでもすでに200件を超えています。ウェブサイト経由の問い合わせもそれに近い数で、非常に手応えを感じていますね。

― 用途は、やはり離型剤が中心ですか?

高見:もちろんゴム・プラスチック成形用の離型剤としての引き合いは多いですが、ほかにも建設業界から「土砂の付着を防ぎたい」といった問い合わせもあります。想定外の用途からの興味も多く、非常に興味深い結果になっていますね。

疋田:それから、すでに複数のゴム成形メーカーで採用いただいているんですが、従来品に比べて弱い力で脱型でき、金型への付着も少ないため、メンテナンス負荷が軽減されると評価いただいています。

― 離型剤として、金型への負荷軽減にも貢献しているのですね。

高見:はい。従来の離型剤では、剥離力が弱く、強い力で脱型しなければならず、金型に汚れが残りやすいという課題がありました。ルナフローは塗布するだけでスルッと取れるため、清掃の手間が減り、金型の寿命延長にもつながるんです。

“滑る技術”は無限大──建設現場から太陽光パネルまで、広がる可能性

― 三井物産プラスチックとしては、ルナフローの今後の展望はいかがですか?

村瀬(三井物産プラスチック):“滑る”という機能は非常に汎用性があります。例えば、我々が扱っているプラスチック用のフィラー(※)を保管するサイロでは、排出口に粉が付着して排出量が不安定になることがあります。ルナフローを内壁に塗布すれば、それを防げるのではないかと考えています。

※無機鉱物を粉砕したもの。プラスチックの補強材や増量材として使われる。

塚田(三井物産プラスチック):加えて、太陽光パネルのように、常にきれいな状態を保つ必要がある製品にも向いているのではないかと考えています。屋外用途にも十分に耐えうる持続性がありますし、ぜひ提案していきたいですね。

疋田:三井物産プラスチックさんのように業界に精通したパートナーがいると、我々が思いもよらなかった用途への展開が可能になるので、期待しています。

― 今後の販売戦略について教えてください。

高見:国内にはゴム・プラスチック関連だけで2,000社以上の企業があり、それぞれニーズが異なると考えています。現在の製品は18kg缶のみですが、「もっと小さいサイズで使いたい」「スプレー式が欲しい」といった声が多く寄せられているので、ユーザー様が使いやすくなるよう、製品形態のバリエーションを検討しているところです。

― 持続性が高いからこそ、使用量が少ないという声もあるんですね。

高見:はい。1缶で1年、2年もつケースもありますから。持続性の高さも、まずは試してみて実感いただきたいですね。

「滑る」ことで社会をよくする──夢を託した次世代型素材

― 最後に、ルナフローへの思いをお聞かせください。

高見:ルナフローは、プラスチック・ゴム業界に限らず、さまざまな分野に可能性が広がっている製品です。三井物産プラスチックさんと協力して、もっと多くの業界に届けたいですね。

疋田:「ものを滑らせる」「ものが付着しにくくなる」というニーズは社会に多くあります。夢のある素材として、用途開拓をこれからどんどん進めていきたいと思っています。

塚田(三井物産プラスチック):業界の課題は多様で、思いがけないニーズがあるものです。まずはいろいろご提案して、実際に使っていただくことが一番だと思います。

村瀬(三井物産プラスチック):ルナフローは、花王さんならではの独自技術が活きた非常にユニークな製品。もっと世の中に知っていただき、活用の場を広げていきたいと思います。「滑り」に関して何かお困りの方がいらっしゃいましたら、お気軽に弊社までご相談いただきたいですね。

花王ルナフローをお試しいただけます!
試用・性能評価をご希望の方はご連絡ください。
PROFILE
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疋田 真奈人さん(花王株式会社 ケミカル事業部門 機能材料事業部 エコインフラ マネージャー)
花王株式会社 機能材料事業部 エコインフラ 道路・機能性タイヤ マネジャー
2011年 花王(株)に入社し、油脂事業部にて油脂製品の営業・マーケティングに従事。
その後、2015年から現在に至るまで、機能材料事業部にてセルロースナノファイバーの事業開発、樹脂添加剤の技術営業を長年担当。
現在は主に道路用添加剤、ゴム用添加剤の技術営業および海外営業を担当しており、積極的にグローバル展開を推し進めている。

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高見 承志さん(花王株式会社 ケミカル事業部門)
花王株式会社
機能材料事業部 アドバンストマテリアル 機能性ケミカル
2017年に花王株式会社へ入社。エコインフラ事業部にて道路関連素材の開発および営業を担当。
2024年より現職。現在は樹脂向け添加剤の営業を中心に、お客様のニーズに応じた提案活動を展開。
製品開発の経験を活かし、顧客ニーズに即した最適な提案活動を推進中!

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村瀬 成俊(三井物産プラスチック株式会社)
三井物産プラスチック株式会社
営業第1部門 化学品・添加剤事業部 事業部長
1992年に日本トレーディング株式会社へ入社。2008年の三井物産プラスチック株式会社への移行以降、現在に至るまで、界面活性剤をはじめとする各種添加剤のトレーディング業務に従事。
旧化学品・添加剤本部にて工業化学品第一ユニット長、本部長補佐を歴任し、2024年4月より事業部長に就任、現職。
既存事業の拡大に加え、ユニークな技術の用途創造および展開を積極的に推進している。

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塚田 隆太郎(三井物産プラスチック株式会社)
三井物産プラスチック株式会社
営業第1部門 化学品・添加剤事業部 樹脂添加剤グループ
2006年日本トレーディング入社。入社後19年間、国内外の取引含め幅広い化学品・添加剤の販売に従事。
添加剤領域で培った知見を活かし、お客様の課題解決にお役に立てるよう日々奮闘中!

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