トピックス2025年7月29日
九州大学発スタートアップが切り拓くカーボンニュートラルの未来──株式会社JCCL

株式会社JCCLは、九州大学発の技術系スタートアップとして、CO2回収材料・装置の開発と実用化を進めている注目企業です。今回は、代表取締役CEOの梅原俊志氏、取締役COOの山下知恵氏、取締役CTOの星野友氏、取締役副CTOの本田竜太朗氏の4名に、JCCLの成り立ちから開発の裏側、そして未来への展望について伺いました。
目次
JCCLが開発した2つの革新的装置
JCCLが展開するカーボンニュートラルソリューションの中核を担っているのが、以下の2つの専用装置です。
1.減圧蒸気スイング型CO2回収装置(VPSA1)

JCCLが実用化したCO2回収装置の第一号機です。排ガスに含まれるCO2を独自の吸収剤に取り込み、減圧下で低温蒸気を流すことでCO2を効率的に分離・回収します。1日あたり約2kgのCO2を回収できるこの装置は、プロセスの安定性や再現性にも優れており、試験機・実証機として多数の導入が進んでいます。
2.減圧蒸気スイープ型膜分離性能評価装置(VSS1)

この装置は、CO2分離膜の性能を実験・評価するために開発されました。燃焼後の排ガスは湿度が高く、従来の装置ではこのような環境下での評価が困難でしたが、VSS1は減圧下で湿度と温度をコントロールしながら蒸気を供給し、CO2含有ガスの透過特性を正確に測定できる構造となっています。
研究から社会実装へ──JCCL創業メンバーが語る設立の原点

JCCLは、もともと「株式会社日本炭素循環ラボ」という名称で設立されました。英語名の頭文字を取って「JCCL」と呼ばれていましたが、CEOの梅原氏の提案により、現在の社名へと変更されました。
設立当初は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)やJAXAの支援のもと、九州大学にてCO2回収技術の研究開発を行っていました。開発初期から実用化を見据えて企業との共同研究などの外部連携はあえて行わず、自らの手でスタートアップを立ち上げるという道を選びました。
現在も九州大学の教授を兼任するCTOの星野氏は、「技術を社会実装するためには企業との協業により知財を分散させるより、自分たちの手で技術を完成させてから社会に出した方が早くて確実だと考えていました」と語ります。
COOの山下氏も、「10年以上にわたり、星野先生の研究室で技術員として働いてきました。会社設立の話を聞いたとき、面白そうだと思い、深く考えずに参加しました」と振り返ります。山下氏は、長年にわたり星野研究室を技術面から支えてきた経験を活かしつつ、現在は経理・法務面を中心に開発を支える屋台骨として活躍されています。
副CTOの本田氏は、学生時代からCO2分離膜に関する研究に星野教授のもとで取り組み、博士課程在籍中にJCCLへ参画されました。「挑戦的な研究が実装へと向かっていくという、貴重な機会に関われることにワクワクしました」と振り返ります。
梅原CEOの参画と事業化の加速

JCCLの事業化を本格化させたのは、元日東電工の代表取締役CTOであり、北海道大学や慶應義塾大学などで非常勤理事や特任教授を務めていた梅原氏の参画でした。
梅原氏は当初、業務委託という形でJCCLに関わり、月1回のオンライン相談というスタイルで経営支援を行っていました。しかし、その後ベンチャーキャピタル(VC)によるJCCLへの継続的な支援が決定したことで、梅原氏が経営に本格的に参加。株式を取得し、社外取締役として経営に参画されたのです。
「当初、JCCLの皆さんはすべて自前でやろうとしていました。良く言えば職人気質ですが、それでは事業としてスケールしません。ですから私は“餅は餅屋”だと。得意なところには外の力も借りるべきだとお伝えしました」と梅原氏は当時を振り返ります。
梅原氏の参画により、それまで内製中心で進めていた体制は大きく変化しました。外部企業との連携や協業の必要性を社内に伝え、社外の知見や技術を積極的に取り入れる方向へと舵を切られたのです。この変化によって、製品開発のスピードや完成度が大きく向上する結果となりました。
装置開発の裏側──失敗と挑戦の積み重ね

JCCLが開発したCO2回収装置「VPSA1」と膜分離性能評価装置「VSS1」は、いずれも従来の装置には見られない革新的な要素を備えています。
VPSA1は、工場の燃焼後排ガスからCO2を回収するための装置であり、VSS1は、より低濃度のCO2を分離濃縮するための装置です。特に、燃焼後の湿度を含んだ排ガス環境下で安定してCO2を回収できる装置は非常に画期的であり、国内外の企業や公的機関から高い関心が寄せられています。
星野氏は、「私より、山下や本田といった現場のメンバーのほうが大変だったと思います。現場で実際に形にしてくれたのは、彼らの力です」と、開発チームの尽力を称えています。

「最初は装置の内部が水浸しになってしまうなど、数えきれないほどの失敗を重ねました」と本田氏。それでも、「失敗の原因を一つひとつ分析し、どうすればうまくいくのかを徹底的に考えて改善してきました」と、開発者ならではの粘り強さが光ります。

「私は装置を自分で作ることはできませんが、これまでの積み重ねを見てきたので“きっとできる”と信じていました」と山下氏。信頼と継続によるチームの力こそが、JCCLの技術を支える原動力となっています。
エネルギー効率の決定的な差──JCCL独自の減圧蒸気方式とは

CO2回収装置自体は、決して新しい技術ではありません。これまで主流とされていたのは、アミン系吸収材に高温の蒸気を当ててCO2を分離する方法でした。しかし星野氏は、「その蒸気を生み出すために燃料を燃やしてCO2を排出していては、本末転倒です」と指摘します。
JCCLが採用している減圧蒸気方式は、50~60℃という低温の蒸気を減圧環境下で活用する新しい回収技術です。CO2の吸脱着を、従来の大量の熱エネルギーを必要とする温度変化ではなく、圧力変化によって少ないエネルギーで行うことで、回収エネルギーを大きく低減させることが可能となります。また、一般的には捨てられている80~90℃の工場排熱を有効活用できれば、さらに少ないエネルギーでCO2を回収することが可能になったのです。
もう一つの大きな優位性として、「吸着」材料ではなく「吸収」材料を採用している点があります。従来の細孔にCO2を吸着させるタイプの材料は湿度に弱く、性能が低下しやすいという課題がありました。一方で、JCCLが製造する吸収材料は、湿度の高い環境下でも安定してCO2を吸収・脱着することができる構造となっています。
「乾燥工程が不要であること、そして吸収・脱着時のエネルギー消費が非常に低いこと。それが私たちのCO2回収技術の大きな強みです」と星野氏は述べます。
これにより、CO2を回収しながらも追加のCO2を排出しない、真にカーボンニュートラルな回収プロセスを実現しているのです。
広がる活用分野と実証プロジェクト

JCCLの技術・装置は、西部ガスや福岡市といった企業・自治体等との実証プロジェクトにおいても導入が進んでいます。さらに、工場を持つ製造業や自動車業界、半導体関連企業など様々な業界からの引き合いも増えており、CO2排出量の多い分野を中心に注目を集めているとのこと。
「西部ガス様のように、CO2を回収してメタンに変換したいなどCO2の利用まで含めたスキームの構築にあたっては、回収のコストをいかに抑えるかが重要な課題になります。私たちの装置であれば、それを実現できると高い評価をいただいています」と星野氏は語ります。
また、「国よりも10年早い2040年にカーボンニュートラルを目指す福岡市では、市有のごみ焼却施設からのCO2回収にも取り組んでいます」とのこと。さらに、大手企業との実証プロジェクトや、大学との共同研究など複数のプロジェクトが走っており、自治体・企業・学術機関など多方面での社会実装に向けた動きが本格化しています。
そのような多くの引き合いが来ているJCCLをマーケティングパートナーとして支えるのが、三井物産プラスチックです。同社は、展示会での情報発信や導入先企業の開拓、販路の構築までを包括的に支援し、装置の販売と認知拡大を加速させています。
「三井物産プラスチックさんとの出会いがなければ、今のJCCLはなかったかもしれません。このご縁が、私たちにとって大きな推進力となりました」と梅原氏は語ります。
三井物産プラスチックが持つネットワークを活用し、以前から付き合いのあった技術力の高い企業とのマッチングにより、JCCLは協業体制を整備してきました。これにより、社内だけでは対応が難しかったマーケティングや顧客への提案の部分も大きく補完されることになったのです。
CO2は資源。利活用を見据えた次の展開へ
JCCLのミッションは、単なるCO2の回収にとどまりません。回収したCO2を、メタネーション(合成メタン化)やドライアイス、化学品原料などに再利用するプロジェクトにも取り組んでいます。
「CO2を回収するだけでなく、その後どのように利活用するのか。そこまでを見据えて提案できる体制を整えていきたいと考えています」と星野氏。
今後は、用途ごとに異なるパートナー企業と連携体制を組み、お客様の要望に応じたトータルソリューションを提供していく構想を描いています。また、現在は標準仕様に基づいた装置の製造・販売を国内に展開していますが、将来的にはその技術をライセンス化し、海外展開も視野に入れているとのこと。
星野氏は、「この技術を世界に広めたいという思いは、単なるビジネスの話ではなく、地球の未来を守るための挑戦だと捉えています」と熱く話してくださいました。
人類のための技術へ
「この装置を通じて、“技術で社会を変える”というモデルケースを一つ作りたいのです」と本田氏。「たとえば、排ガスが発生する現場に、CO2回収量30kg/日、300kg/日、数トン以上/日とスケールアップした装置を導入していき、さらに回収したCO2を燃料に戻し、あるいは有用な化学製品に変換していく。その先には、社会全体におけるCO2の循環が実現される未来があると思っています」
最後に星野氏は、「CO2は自然界において貴重な資源です。植物は400ppmというごく低い濃度から効率よくCO2を吸収して大きく育っているのに、人類はいまだにそれを回収、利用する技術を持っていません」と語ります。
「しかし、人類は必ずそれを手に入れることができるはずです。私たちは、自然界の智恵に近づく技術をいま開発しているんだという実感があります。だからこそ、JCCLの挑戦が社会に実装されていくことには、大きな意味があると考えています」
JCCLが目指しているのは、地球規模での脱炭素社会の実現です。CO2という“資源”を活用するための技術は、今まさに社会の中に根を下ろし始めています。

梅原 俊志
株式会社JCCL 代表取締役CEO
慶応義塾大学卒業。同大学院修了後、1984年日東電工株式会社入社。機械エンジニアとしてプロセス開発業務に従事、2010年にオプティカル事業部門長に就任しiPhoneビジネスに参入しスマートフォン市場拡大に貢献。2019年には代表取締役専務執行役員CTOに就任。2020年に退任後、上場企業の社外取締役、北海道大学理事や慶応義塾大学特任教授など多くの役職を務めながら、2023年4月より現職。これまでの幾多のキャリアで蓄積した経営力、知財戦略、幅広い人脈などをJCCLに惜しみなく注いでいる。

星野 友
株式会社JCCL 取締役CTO/博士(工学)
東京工業大学(現:東京科学大学)卒業。同大学院生命理工学研究科博士課程修了。カリフォルニア大学研究員を経て、九州大学工学研究院教授。2020年12月株式会社日本炭素循環ラボ(現株式会社JCCL)を創業。2024年4月より現職。現在も教鞭を取る傍ら、株式会社JCCLの技術開発、知財、顧客対応など多方面にわたり指揮を執る。

山下 知恵
株式会社JCCL 取締役COO
福岡女子大学卒業。化学メーカー、九州大学研究員を経て、2020年12月、創業メンバーとして代表取締役就任。2024年3月より現職。会社の創業期からプレイングマネージャーとして技術開発、各種プロジェクトを推進。現在はCOOとして、財務、人事、労務など会社の屋台骨を支える。

本田 竜太朗
株式会社JCCL 取締役副CTO/博士(工学)
九州大学卒業。同大学院工学府博士課程修了。2022年1月より現職。現場の責任者として、吸収材料から、回収装置、プロセスシミュレーションに至るまで、JCCLの低コストかつ高効率なCO2回収を実現するためのあらゆる技術開発に携わる。
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