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Project Story米国にて、EV自動車向け
電池搬送用トレーの
生産体制を構築せよ。

化学品・添加剤本部
触媒・添加剤ユニット
S.瑠美(2012年入社)

2019年1月、入社7年目のS.瑠美は単身ニューヨークへ渡った。輸出用EV車電池トレーの破損という課題を解決するため、現地でトレーの生産体制を構築するのがミッションだった。初めての海外出向、そしてコロナ禍への突入という環境で、どのような体験が彼女を成長させたのか、話を聞いた。

入社7年目で単身アメリカへ出向
現地スタッフとともに研究員に

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2018年某日、大手国内企業の海外拠点から相談が持ちかけられた。日本から輸入している搬送用トレーが、現地に届くまでに破損することがあるという。この製品は船で輸送するため、1~2か月もの期間を要する。長い航路ではどうしてもロスが出てしまうのだ。信頼の日本製ブランドに傷がつくのも避けなければならない。そこで、日本から輸入するのではなく、輸出先の現地でトレーを生産できないか、というのがオーダーだった。

そこで白羽の矢が立ったのが、入社7年目のS.瑠美だ。彼女はそれまで、プラスチック樹脂用添加剤の営業を担当しており、搬送用トレーとは無縁の部署にいた。辞令を受けたS.瑠美は、当時どんな心境だったのだろうか。

「入社間もないころから海外出張をしていましたが、ニューヨークに駐在することになるとは嬉しい驚きでした。海外出張も駐在も、男女関係なくチャンスが与えられるのが当社の良いところだと思っています」
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そう語るS.瑠美は、現地のチームにジョインしたその日、営業同僚に日本人がいないことに戸惑った。海外駐在の場合、だいたいは三井物産グループの日本人社員がいる部署に所属するのが一般的だが、S.瑠美の場合は全員現地外国籍スタッフ。上司ももちろんアメリカ人だった。

「こういうパターンは珍しいので、最初は不安でしたが、それよりもプロジェクトのプレッシャーのほうが大きかったですね。成功すれば破損コストも減るし、輸送期間が大幅にカットできるのでリードタイムも短縮できます」

さらにS.瑠美は、アメリカならではの社内コミュニケーションスタイルにも驚くことになる。チームビルディングの一環として、休日にメンバーでホリデーパーティを開いたり、バーベキューをしたりなど、アットホームで多彩なコミュニケーションが根付いていたそう。

「みんな自分の家族や恋人のことをオープンに話すんです。日本だと、プライベートなことを仕事仲間にはあまり話しませんよね。結構カルチャーショックでした(笑)。でも、これで距離がぐっと近づいたので、仕事の相談などもしやすくなったと思います」

商社という存在のない土地で
「人に説明する」という行為を見つめ直す

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本プロジェクトのS.瑠美の最も大きな役割は、搬送用トレーの製造を委託するOEM先を探し、お客様にご提案することだ。そのためにはどのような会社があり、実際にどのような工場で製造するのかを詳細に調査する必要がある。そこで、S.瑠美はまずOEM先のリスト作成から着手した。

「現地にどんな会社があるのかも知りませんでしたし、トレーに関する知見もなかったので、上司に相談しながらOEM候補先リストを作成しました。そこまでは上司も協力してくれたのですが、それをもとにアポを取るのは私ひとり。飛び込み営業もたくさんやりました」

ここでS.瑠美は一つ目の壁にぶち当たる。電話や飛び込み営業で、まずは自分が何者かを紹介する際に、“商社”を説明することに苦戦したという。

「案件について相談する以前の問題でした。あなたは誰かと聞かれて、商社のしくみから説明するのですが、なかなか伝わらなくて。これまでいかに三井物産グループというネームバリューに頼ってきたかを、痛感しました」

S.瑠美は現地で親しくなった同僚に、商社のしくみの説明の仕方を相談したり、現地のスラングや表現について質問したりなど、努力を重ねた。次第にアポを取るのがスムーズになり、ビジネスの話をできるようになった頃、二つ目の壁が立ちはだかる。
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「今度は製品についての説明に苦労しました。というのも、日本では製品に関する詳細な情報は、メーカーの担当の方がされていたのです。私はその隣でアテンドをすることが多かったんですね。しかし現地では私ひとり。製品に関する説明も、もちろんすべて自分でします。英語力には自信があったので、なかなか伝わらないことにかなりショックを受けました」

相手から質問をされてもうまく回答できないこともあり、これまでいかに製品のことを知らなかったか、S.瑠美は深く反省したという。

「落ち込んでばかりではいられないので、とりあえず一緒に回ってくれる現地スタッフが相手にどんな言葉、表現で説明しているかをひたすら観察し、盗みました。このときは毎日メモ、メモ、メモでしたね」

バッググラウンドが全く異なる相手に、何をどこまで、どう説明すれば伝わるのか。それを本気で考える日々だった。

努力の甲斐あって、無事にOEM先の候補が選定でき、お客様にプレゼンしたところ、かなりよいフィードバックをもらえたという。このプレゼン資料も、上司に何度も何度も見てもらい、完成したものだ。山を乗り越えたS.瑠美は、ニューヨークに来る前より、各段に成長したことを実感していた。

突然のコロナ禍でプロジェクトはストップ
貴重な経験をこれからに活かす

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2020年の春先、世界中をコロナ禍が覆った。ニューヨークは早々にロックダウン。S.瑠美のプロジェクトも、もちろんストップした。

「プレゼンが終わり、これから本格的にOEM先と詳細を協議する段階での中止です。もちろん戸惑いましたが、正直それどころではない状況でした。ニューヨークは厳戒態勢で、マスクを絶対にしないと言われていたアメリカ人が、みんなマスクをつけていました。ただでさえ先が見えない状況なのに、自分はいま異国の地にいる。すごく孤独でしたね」

そんなときも、支えてくれたのは現地の同僚や仲間だった。オンラインで会話しながら、互いに励まし合ったという。毎日定刻になると、医療従事者へ向けて感謝の拍手をするという、アメリカらしいイベントにも参加できた。
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激動のなか、プロジェクトはそのままペンディングとなる。そしてS.瑠美も帰国することが決まった。

「プロジェクトの最後は見届けられませんでしたが、ニューヨークの駐在経験は私の宝です。若手時代を振り返ると、本当に何も考えていなかったな、と恥ずかしいですね(笑)。商社の説明に苦労したことで、商社の存在意義や三井物産プラスチックの価値を改めて見つめなおすことができましたし、担当する製品に対する知識も、深く身につけるようになったと思います。何より、相手に自分の考えを伝えるときに、どう伝えるか。営業パーソンとして大切なことを、このプロジェクトが学ばせてくれました」

そう語るS.瑠美は今日も、国内、海外を忙しく飛び回っている。

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